
新しい描き方がしてみたいな〜と思って模索中です。これはイデ山のゼウス
明け方から日脚がようやく進む頃までの間、両軍の放つ矢や槍に撃たれて、兵士らは次々に倒れていったが、やがて陽が中天に達した時、父なる神は黄金の秤を平らに拡げ、悲歎を呼ぶ死の運命を二つーー一つは馬を馴らすトロイエ勢の、一つは青銅を鎧うアカイア勢のーー載せ、秤の中央を掴んで持ち上げると、アカイア勢の運命の日が下がった。すなわちアカイア勢の死の運命は、ものみなを養う大地に向かって下がり、トロイエ方のものは広大な天に向かって上がった。ゼウスがイデの山頂より轟々と雷を鳴らし、炎々たる閃光をアカイア勢の真直中へ放つと、アカイア勢はそれを見て肝を冷やし、全員蒼白の恐怖に襲われた。
ーホメロス「イリアス」第八歌(松平千秋訳)
本格的な嵐が我々をその翼下におさめたのは、翌二十八日の早朝である。この十月二十八日は「オヒ・デー(拒否の日)」という、ギリシャ人にとってはかなり重要な意味を持つ日で、祝日になっている。多分ギリシャがナチ・ドイツの要求をはねつけて第二次世界大戦に参戦した日か何かだと思うが、細かいことはよくわからない。とにかく祝日で、いろんな催しものやパレードがある。だから僕らもそういう賑やかな写真を撮ろうと楽しみにしていたわけなのだが、そんな気分も早朝の雷鳴とともにきれいさっぱり吹きとんでしまった。それくらいもの凄い雷鳴だった。僕はギリシャがひょっとして第三次世界大戦に参戦しちゃったんじゃないかと思ったくらいだ。ドオーン、ドオーン、ドオーンという轟音がまるで艦砲射撃みたいにつづき、それがだんだんこちらに近づいてきて、びりびりと空気を裂き、世界の終わりを告げる火柱みたいにまわりに直立する。こんなひどい雷を見たのは実に久しぶりである。
ー村上春樹「遠い太鼓」p145-146さて翌朝、まだ雷は鳴り響いている。それも前日のものよりももっと凄味のある雷鳴である。ただ雷が鳴っているというだけではない。それは確実に我々の周りの大地に突きささり、山を揺るがし、巨木を裂き、天空に切り結んでいるのだ。まさにゼウス自らが出陣してきて雷の太い矢を大地にはしっはしっと射ているような迫力である。ギリシャ劇というのも実際にギリシャに来てみなきゃ実感できない部分があるんだなあと妙に感心したのだが、そう長く関心ばかりしているわけにもいかない。
ー同上p147-148

椿さんと16歳の青島
左右反転したら包帯の手が逆になってしまいましたが、心象風景なのでいいかな・・の椿さんと青島です。
椿さんが夜に青島の家に来て夜半の煙のエピソードを話してくれるという美貌の青空の前身みたいなSSを書いていたとき、これはBLだと思うんだけどこの状況で高校生が何かできるかというと何もできないよなあってことを考えていたと思います。BL漫画だったら抱きしめたりするのかもしれないけど、高校生の椿さんにそんなことができるはずもなく‥でも傷ついた人のケアというのも精神的な成熟が必要なので、下心を出さないためにもそれでよかったのかも。










