愛せるかどうかはわからない

こんにちは!旅行と仕事でスケジュールギチギチでしたがようやくちょっと余裕が出ました・・
土日にまた旅行しましたが、行きの東京駅の人混みで嫌な予感がして、ノーガード(マスクなし)で新幹線に乗ったことを後悔し、案の定帰ってから風邪症状が出て、でも仕事はあるので休むわけにもいかず…ホルモンバランスなども相まって久しぶりに精神的に落ち込んでました;;
仕事は無事に一段落して、でも残務処理が残っている感じなので来週頭ぐらいまで頑張ります!

落ち込んでいる間に、ガニュメデスのことが大好きなのにどうして描いていても虚しくつらいのだろう…と言うことを考えていて、このまま苦しいならやめたいな…と思ったりもしたのですが、とはいえそんなことができるはずもなく…(個人的には「ハワイ行きたい」ぐらいの現実逃避的な気持ちでしたが、ご心配をおかけしてしまったらすみません)大体こういう感情になる時はどこかに欺瞞があるので、なんとなくスマホ画面を見ていたら「ガニュメデスのことが大好きなのに」という部分が嘘だな…と思いました。
私が大好きなのは青島で、ガニュメデスじゃない。
青島のことは愛せるけどガニュメデスのことは愛せないのはなぜなのか? 性格や内面の問題なのか?
いやそもそも私はガニュメデスの内面をほとんど知らない…私がガニュメデスの見た目しか見てこなかったからだ。
だから絵を描いていても何もわからず、虚しいんだな

と、気づいて、どうしたらガニュメデスのことをもっと知ることができるか考えてみましたが、誘拐されて不老不死にされた人の悲しみは私にはすぐにはわからないです(想像することしかできない)。でも、ガニュメデスのことを描いていく中で、私がガニュメデスを愛せるようになれば、ガニュメデスがゼウスと過ごす中でだんだんゼウスのことを好きになった気持ちもわかるかなと思いました。

私が青島のことを描くのが好きな理由の一つが、「こちらに気づいていてカメラ目線してくるから」なのですが、ガニュメデスにはまずは私の方から目を合わせに行ってみようかなと思ってこの絵を描きました。
今までは物語の登場人物として(いわばストーリー上の「駒」として)特に目を合わせない構図で描いているところもあったのですが、今は多少イラストが作為的になってもいいから、ガニュメデスと目を合わせられる絵をたくさん描こうと思っています。
それでも虚しくて駄目なら、他の方法を考えてみます。

昔、ストーリーのある創作をする前は、キャラクターの設定や性格を考えて頭の中で動いているのを見ているのが好きでした。なので、本来私の創作活動ってストーリーがないか、あったとしても終わらせることを前提とせず淡々と日常が続く中でキャラクター同士の関係性を楽しむものだと思うんです。でも、途中からエンディングのある創作をし始めたのは、終わりを決めることが私なりのキャラクターへの愛だったのかなと思います。

「どうして終わるんですか」って聞かれるけど、きっとね、キャラクターをすごく愛しているから。
 物語の世界で私も一緒に遊んで面白い思いをさせてもらっているの。
 そして、もうそろそろ帰ろうか、「カラスが鳴くから帰ろうか」みたいな感じで物語が終わるのよ。

カラフルな魔女〜角野栄子の物語が生まれる暮らし~

私はアオのことは眠らせてあげたかったし、椿さんは椿さんのことを一生好きでいてくれる人と結婚させてあげたかったし、青島と椿さんには、別れてもう二度と会わなくても人間関係は続いているということを実感してほしかった。
多分ガニュメデスに対しても、そういう強い気持ちが必要なんだろうなと今はそういう気持ちです。

永遠にぼつになった絵(玉座でお酒は飲まないため)

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